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2012年5月に丸五年の単身赴任が終了し、家族の元に戻った親父の独り言日記です。 とりあえず家庭から消失した自分の居場所を探す日々(笑) 答えはやはり神のみぞ知る(笑)
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今日は仕事の調査のため福島県南相馬市小高区(旧小高町)へ向かいました
普段は宮城県内・岩手に出向くことが多いので小高は震災後初めてです
同じ南相馬市でも原町区(旧原町市)には数回行ってるのですが・・・

なお、今回の記事は津波の画像はありませんが閲覧される方によっては不快に感
じる画像があるかもしれません また出来る限り個人宅の画像は入れないようにし
ました 最後にこの記事で述べることは私個人が今日見た一地域のみのことであり
小高区全てがそうとは限りませんのでご理解とご配慮をおねがいします

山元や新地、相馬に行かれたことがある方はおわかりかと思いますが復旧、復興
工事で国道6号は昼夜を問わずかなり混んでます
南相馬に入り、原町区を過ぎ鹿島区(旧鹿島区)に入ると車の量も減り小高区に入る
とかなり減ってきた感じがしました

先に記載しておきますが小高区はあの震災後、福島原発の影響で避難区域に指定
され昨年の今日、避難解除(一部除く、また地域によっては居住制限)された所です
ちょうど福島民報の記事がありますのでリンクします → ここ

小高に入ってすぐに見つけたもの

二年前、私も宮城県内いたるところで見た放置車両


病院の壁も壊れたまま

と、いうかまだまだ避難したままの方が多いため人の生活感が町に薄いのです
薄い、というか変な気持ちに襲われました
外から見える家の雰囲気はほんとについさっきまで人がいたような感じがするの
ですが人だけいないんです
思うにきちんと避難準備して家を出たのではなく、突然の出来事であったからか
と想像します

心を置いてきた、というのは変な表現でしょうか・・・

調査途中でまたこの景色です

震災から一週間後、閖上に行ったときと同じ景色

最近テレビでも取り上げられた小高駅

まだ常磐線はここまで復旧していません

この2年間で線路も草に覆われています



6号線から海寄り




流された橋が放置されてます



震災直後の閖上や亘理の惨状がまだここにはあるのです
時が止まったように・・・


改めて

がんばろう、東北

がんばろう、福島








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